新井敏記 連載「ブッキィッシュな国のロビンソンたち」 |
第11回
琉球人の肖像
沖縄で酒盛りをしていると、宴たけなわになって、おばあやおじいが突然「帰りましょうね」と言い、さっさと自分一人で立ち上がって家路に着くという事がある。僕の知っている沖縄のおばあやおじいは実に引き際がいい。一部例外もあるが……。それはご愛嬌。
「帰りましょうね」と言うのが他人を促すものではなく、自分を促す言葉としてある。その言葉を聞きたくて慣れない酒宴に参加する。実に魅力的な言葉なのだ。僕は酒でなくもっぱら食うことで仲間入りを認めてもらっている。強制ではなく、他者に対する優しさを感じて、冗談で僕は「……しましょうね」と言って自分を励ますことがある。それは主に辛いときに効果を発揮する。僕はその言葉によってまず沖縄に恩義を感じている。
2005年の1月に友人から一枚のCDが送られてきた。
「ぜひ一聴していただきたい作品です」という添え書きがあった。
友人がプロデュースしたと送ってくれたCDは『琉球交響楽団』というものだった。アーティスト名もまた琉球交響楽団、何やら耳慣れぬアーティスト名だなと思って封を開けると、沖縄で誕生した交響楽団のデビュー作品となるものだった。
琉球の唄者がバックにオーケストラを率いて歌うことはあっても、琉球の歌をオーケストラで聴くことを想像したことはなかった。あの三線のつま弾きによって歌われた切ない情緒というものがどこか背景にあるのかもしれない。
CDのモチーフは琉球民謡。
「てぃんさぐぬの花」「安里屋ゆんた」「芭蕉布」といった代表的な沖縄民謡から「島唄」まで八曲が収録されている。耳を傾けると実にあたたかなCDなのだ。弦楽器と吹奏楽器のバランスに彼らに気概が表れるのか、豊穣なアレンジは少々照れくさく、それも愛嬌と写る。
沖縄に本格的なオーケストラを育てたいという想いは、ここ数年の熱心な働きかけで2000年春には琉球交響楽団設立委員会が発足した。翌年の3月には指揮者に大友直人を迎えて、設立コンサートを開催している。以後「第3回世界ウチナーンチュ大会」のとりではベートーヴェンの「第九交響曲」を披露し、2004年にはベトナム公演を行っている。
地方でのオーケストラの維持はその会場やスポンサーの確保が困難といわれているが、そんな中でも立ち上げたのには頭が下がる。
「安里屋ゆんた」など、何度も聴くと時折ブラスがマーティンバンドのように聴こえてくるのは、琉球人の誇りなのか、底抜けに明るい表情を見せてくれる。一方、古謝美佐子と佐原一哉の「童神」はいっそう悲しく切なく深く歌い上げられている。繊細な響きに心動かされる。
明と暗、沖縄にはその二つの心があることを改めて思い知らされた。なんだか沖縄の友人一人ひとりの顔が思い浮かんできた。すぐれた映画のタイトルバックに流れてきてもよさそうな演奏ばかりだった。人によって様々な沖縄がある。このCDを聴きながら人はいろいろな沖縄を想像することができる。僕ならどこへ行こうか、そう思うだけでこのCDは楽しい。
だっからさ、沖縄に行きましょうね。
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