新井敏記 連載「ブッキィッシュな国のロビンソンたち」 |
第三回
路地へ 荒木経惟
7月中旬、韓国から帰ったばかりという荒木経惟と新宿のリュージュというバーで会った。「コヨーテ」の第2号目に掲載される「日本道中膝栗毛」の写真を受け取るためだ。荒木の生まれた三ノ輪の実家の跡を経て、浄閑寺の境内で陽子さんの墓参り、そして吉原を抜けて、浅草から水上バスで銀座へ上る。 一日の旅。 そこで出会う風景と人を撮る。初夏のある一日をライカ片手に人生を写していったモノクロの圧倒的な作品群を一枚ずつ見ながら、改めてぼくは空を撮って女を撮るという、「日本道中膝栗毛」のモチーフである旅の面白さを噛みしめる。 「路地に魅かれるね」 荒木はポツンと呟いた。 「やっぱり下町は路地が残っている。路地は人と出会う場所」 「荒木さんにとって路地はやはり産道、ですか?」 「そうね、ついつい入っていきたくなるんだ」 産道の写真をめくりながら、荒木は韓国の旅を少し興奮ぎみに話していった。まだ記憶に新しい中上紀との韓国への旅はどうだったのか。 かつて紀の父親、中上健次との韓国の旅『物語ソウル』の追慕ともいうべき二人旅はやはり波乱万丈であったと荒木は声をあげる。 「いいね、彼女は。父親の血だな」 荒木が続けた。 「中上健次との旅はテーマが『路地へ』だった。プサンに入って列車でソウルに向かう。今度はそのアンサーで『路地から』という思いがあった」 荒木は三ノ輪の路地をソウルの路地と比較する。 「似てんだ」 荒木が言った。 「森山大道がブラッサイなら、私はアッジェなんです。森山さんの方がかっこいいな」 光と影のコントラストが美しい一枚の写真をまじまじと見ると、荒木が言った。 「風がレンズに写る。それを撮る。自分の思いを吹きかけるように女を撮る」 ふとぼくはソウルの谷あいの一画、クモドンというところで少女を撮った荒木の写真を思い出した。懐かしい光景、少女は水たまりにすわって用をたしていた。 「そんなところでおしっこするとオマンチョはれちゃうよ」 荒木はうれしそうにシャッターを切りながら、少女をカメラにおさめていった。少女はさっちんになった。 「おーい」 荒木が声をかける。急に恥ずかしくなったのか、まだ舗装されていない道を転がるように少女は駆けていく。その時荒木は三ノ輪のかつての少年時代の風景を重ねていた。 「中上紀さんね、たいへんだったんだ。交通事故にあってしまって、ソウルで入院している。全治2カ月、夜マッサージに行こうとして店の迎えの車が事故起こしてしまった、とばっちり。たいへんだった。でも次の日に病院へ見舞うと彼女はすごいね。『この期間で書きなさいということでしょうか』と笑っていたよ。何か因縁だな、いいものを彼女は書くと思うよ」 「荒木さん、その病室の写真は撮ったのですか?」 そう尋ねると、荒木は笑って答えなかった。その笑顔は韓国行きが面白いものだったという証しかもしれない。 荒木経惟と中上健次の『物語ソウル』から荒木経惟の『小説ソウル』へ、そして今、荒木経惟は中上紀を通してどういうソウルを描くのだろう。
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