Coyote コヨーテ
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編集長日記新井敏記 連載「ブッキィッシュな国のロビンソンたち」
第四回

ABCの終焉
六本木事件

 インタ−ネットで柴田元幸さんたちが中心になって、青山ブックセンターの救援を訴える署名活動が届いた。

「内容:一部抜粋」
7月16日、書店の「青山ブックセンター」が営業を中止し、同店の7店舗が閉鎖されるという、まったく信じられないニュースを耳にして、われわれは大変なショックを受けております。

青山ブックセンターから、われわれはたくさんのことを吸収しました。われわれはそこでたくさんの大切な人たちに出会うことができました。青山ブックセンターは、われわれの仕事・生活すべてにおいて、絶対に欠かせない存在です。

そんな貴重な独立系書店が営業を停止するということは、日本の文化の死を意味します。

青山ブックセンターは、われわれのために、日本の文化のために、今後も営業をつづけていただかないと困ります。

青山ブックセンターの維持・再建を支援するために、われわれは署名活動を開始することにしました。

集まった署名リストは、青山ブックセンターの代理人を通じて、再建に向けての交渉に活用される予定です。われわれは、青山ブックセンターの維持・再建を支援します。

しばたもとゆき 柴田元幸(東京大学教授)
まつしたまさひろ 松下昌弘(新書館)
たなかのりお 田中範央(新潮社)
かねこやすし 金子靖(研究社)
こばやしけいじ 小林圭司(白水社)
(以下、みなさんのご署名をここに追加させていだきます。)


 誰しも思いは一緒なんだと思った。隆盛の勢いで文化の発信基地として、ABCという愛称で親しまれ、本屋の可能性を開き、また役割を教えてくれた青山ブックセンターが倒産したというニュースが7月16日に飛び込んできた。まさかという驚きが咄嗟に。次に閉店の意味するものを考えた。
 サブ・カルチャーのシーンの限界だったのかという感慨もわいた。でもまだ信じられないという思いが交錯していった。
 倒産のニュースの前日の深夜3時に、ぼくは六本木のABCをのぞいて、本を買ったぐらいだった。店内もそして店員の様子も変わりなく、不況の予兆など微塵も感じられなかった。一つの時代を象徴する本屋を失うということ。その衝撃は日を追うごとにボディブローのように利いてきた。
「コヨーテ」の創刊に際してさまざまな展開の企画をもし、「スイッチ」にいたっては、その前身の「ISSUE」を含めて、一方的な親近感を、ぼくは勝手に抱いているのだ。
「スイッチ」を編集発行する前の80年代の初頭、ぼくは「ISSUE」という雑誌を自費出版していた。当時は大手の流通手段を持つこともなく、直販といって、自分たちで雑誌を各本屋の店頭へ直接持っていき、伝票を切って納品していた。当時はぼく一人でやっていたために限られた書店にしか回ることができず、また直販は煩雑な作業のため、置いてくれる書店は都内で約30店舗ほど。その中の一店が六本木の青山ブックセンターだった。まだ表参道や新宿に店舗はなかったと記憶している。
 熱心な店員が話を聞いてくれて、海のものか山のものかわからない雑誌を置いてくれた。
「どういう雑誌ですか?」
「人を特集する雑誌」などと、当時答えていたと思う。「ISSUE」の創刊号の表紙は大竹伸朗の絵だった。まだ無名だった大竹伸朗の絵に興味を持ってくれた店員は文芸コーナーよりも、芸術のコーナーに置いた。まだサブ・カルチャーなどという言葉はなかった。
 ぼくは「ポパイの横において」と口に出したかったけれど、カラーぺージもなく、サイズも小さい「ISSUE」を見て気が引けた。確か創刊号は20冊置いてくれた。
 友人だったポパイの編集者に「ISSUE」を見せると「なんて、暗い雑誌なんだ」と言われたことを思い出した。性格的にもファッション的にもそのポパイの編集者は好きになれなかったけれど、本当に好きなものを特集しているという点において、ぼくは彼らに一目をおいた。彼らは本当にアメリカが好きで、ビーチボーイズが好きで、『ビック・ウェンズデー』に涙していたのだ。好きなものを特集する、「一緒にするな」と言われたのは、「ISSUE」創刊の時に「自分で書け」と4分の1ページの紹介文をポンとくれた編集者だった。今彼はマガジンハウスの社長でもある。
 当時からABCは棚揃えがきちんとしていて、本当に見やすい本屋だった。作家に対してきちんと誠実な対応がされていて、著作のストックは丁寧で、店員も編集者以上に担当に造詣が深かった。
 ABCの客にきちんと理解されたい。紀伊國屋書店できちんと売れる雑誌でありたい。リブロでイベントをする、文鳥堂の棚を確保するなど、本屋の特徴に合わせて、ひとつひとつが雑誌を発行する大切な目標だった。「ISSUE」が「スイッチ」に発展し、ABCの店頭の雑誌コーナーに並べられた時は、うれしくて思わず両方買ってしまった。「ジョン・カサベテス」の特集がABCのベスト10の4位にランクされた朝日新聞の書評欄の記事は大切にスクラップした。またABCは深夜まで営業する本屋のはしりだったと思う。場所も六本木駅近くで便利だった。ABCにはポール・オースター、村上春樹などの著作が似合った。ロバート・フランクやダイアン・アーバスの写真集もABCで買った覚えがある。
 ではなぜ倒産しなければいけなかったのだろうか……。
 新聞によると、ABCの親会社の経営状態の悪化というのが主な理由だという。でもそれだけではない気がする。なぜなら文化の発信としての、ABCそのもののモチベーションが下がっていると思えるのだ。店の雰囲気も少しずつ変わり、店員の質も変わった。客層も変わり、何よりも六本木そのものが変わったこともあるのだろうか。六本木ヒルズができて人の流れが変わり、深夜はクラブ帰りの女性ばかりが送迎の時間つぶしに雑誌を読むという光景が多くなった。何を聞いても嬉々として答えてくれた店員はいなく、すぐにコンピューターに頼ることが多くなった。棚はベストセラーが中心になり、そうなるとABCでなくてもよくなった。
 しかし先の署名活動に現れるように、ABCに復活してほしいと願っている人は少なくない。実際ABCに会社更生法の検討がされているというニュースも耳にした。しかし中核をなした店員は親会社の対応に怒りを覚え、復帰することはないということも聞いた。でもABC に代わる本屋はないのだ。編集者として、ABCで行う著者とのサイン会で訪れる客はユニークで楽しく、また表参道本店のトークショーの活況、新宿ルミネ店での街頭のプロモーションは励ましなのだ。
 雑誌の特集は同時代という言葉がたえずモチーフとなる。本屋も同じかもしれない。
 憧れからさらに深く、新しい読者のための本屋へ、そう思いたいのだ。ひとつの時代の終焉は次の時代の始まりでもあるのだ。