Coyote コヨーテ
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編集長日記新井敏記 連載「ブッキィッシュな国のロビンソンたち」
第9回

本を読む人へ

 かつて僕たちは、大人の話す物語を夢中で聞いた。
 例えば遠いところから来た旅人。
 旅をする人は、道中の話や行く先々で拾遺した物語を披露してくれた。
 あるいは冬の夜長に僕たちにせがまれて昔話をする老人。そこには季節の移ろいが巧みに配され、自然の法則や倫理が身に付くしかけもあった。
 いつごろからだろうか……。僕たちが話してを失い、話を聞く力を失っていったのは。
 ある日電車に乗っていたら、星野道夫のことを考えた。アラスカに住むことで自然や動物の写真に撮り、そこに住む人々の暮らしを文章で伝えてくれた男だ。


 星野道夫はなぜアラスカに向かったのだろう。
 そこには悠久の時間が流れる手つかずの自然がまだ残っていた。
 野生の生き物が息づき、人々の営みが効率では片付けられない世界があった。熱心に彼は太古からの呼びかけにそっと耳をすませていく。狩猟民の世界を少し分けてもらう。そんな姿勢に共感していった。
 雑誌を編集することが僕の仕事だが、彼が遠くアラスカにいることは、日々東京で現実という時間を生きる僕にとって、無窮の時間を今生きて森を闊歩する星野道夫は励まされる存在だった。彼を特集したい。彼の写真、彼の文章、そして彼の声を伝えたいと、そういう雑誌を作りたいと思ってきた。
 星野道夫は原野の地で野営をして、トーテムポールの朽ち果てる森に入り、クジラのダイブする海に出て、ハイダ族の島を渡った。そこで僕たちが失った不思議な力を持つ動物や人々の物語を聞いた。
 その世界は動物と人は同じ言葉を話していた。自然と自分を繋ぐ魔法としての言葉なのだ。言葉は願いとして力を持っていた。なりたいと思えば人は動物になれたし、動物は人になれた。言葉は願い、生命であった。世界はそういうふうにできていた。
 星野道夫の本になぜ人は感動するのだろうか。
 かつて僕たちが失ったものがあるということを、彼の写真や文章は教えてくれている。人はどのように生きて死ぬか、その問いかけに正しい答えはないけれど、彼はそんな謎を一つひとつアラスカという遠い地で拾遺していったのに違いない。人はこのように生きて死んでいく。そして星野道夫という男もまた、そのように生きていった。
 昔子どもの頃に読んだような本の世界を記憶の片隅に、僕たちの想像力が残っているならば、星野道夫のように生きるのは無理だとしても、彼の想像力をほんの少し分けてもらおうと思った。百冊の本を選ぶ、その選択はまず僕の好きな本ということになる。次に何度も読む本ということになる。
 例えば星野道夫は今いないけれど、彼の本を繰り返して読むことはできる。
 インタビューは本を読む姿勢に似ている。その人のテーマ、リズム、癖が文体となって現れてくる。読書を急ぐ必要はない。その人の書くスピードを想像して読む声が聴こえる。柔らかな星野道夫の声。すると遠い風景の中に歩き出している自分がいる。そこは森だったり、大海だったりする。森で危険を察知する力や、北極星を中心にした星の航海術や、潮の流れを読む力は失ったけれど、僕たちには想像力がまだある。