伊藤比呂美×平松洋子『生きる』

伊藤 平松さん、何回混ぜる?

平松 私は、伊藤さんと反対で、「(よく)混じり合いたい」わけです。だからよく混ぜてからご飯にかけますね。私たちの多くは、「卵かけご飯」というと、「ご飯が主体で、そこに卵がかかる」と思っているんだけれど、伊藤さん、真逆なんですよね。

伊藤 私はね、(混ぜ方は)3回くらい。チャッ、チャッ、チャッって(笑)。

平松 私は白身と黄身がよぉく混じり合いたいのだけれど、伊藤さんはそれが嫌なんですよね。混ぜるのは、必ず3回なんですね。

伊藤 (混ざるのが)嫌なの。3回くらいだと、まだ黄身と白身が分かれて残っていて、そこに多めに醤油をかけるんです。で、ご飯にかけるわけだけれど、このとき「ご飯は少なければ少ないほどいい」んです。

平松 そう、前にスマートフォンでその様子を撮っていただいて、写真で送ってくださったんですが……。これがもう、私には想像もつかないような卵かけご飯で。ご飯の少なさがびっくりするくらいで。お箸で二口くらいかな。卵の中にご飯がうずもれているというスタイル。あくまで「卵が主役」なんですよね。

伊藤 最初に白身をじゅるる〜って吸い込むように食べるんですよ。すると黄身が残るでしょ。それでご飯と一緒に食べて、すると(ご飯の量が少なかったから)黄身がまだ残っているでしょ。それを、最後のお茶みたいに、ちゅっと吸い込むようにして食べる。すると、あまり混ざっていなかった醤油が下の方に残るんですよ。それをじゅっと吸い込んで、お終い。

平松 脳に塩分が残るんですよね。

伊藤 そう、タンパク質、コレステロール、塩分。この順番で食べると身体が活性化されるような気がして。昔、1960年代かな、父が、箸で卵をチャッと割って、そこに醤油を垂らして、かきまぜもせずにずるっと食べたのを見て、「あ、かっこいいな」って思っていて。それを真似しようとしたこともあるんだけれど、さすがに気持ち悪くてね。で、ご飯を入れてごまかしていたわけです。うちの連れ合いってイギリス人なんですけど、私が「生卵がおいしい」と言っても、ぜんぜんわからないんですね。野蛮人なんですよ(笑)。それで(私が生で食べていることについて)文句を言うから、その文句を逸らすために、私は納豆を出すんですね。納豆を見ると、目がキラッとするから、そのスキに生卵をびゃっと入れちゃう。

平松 伊藤さんの頭の中は、全部、卵なんですね。

伊藤 卵をかけることが(卵かけご飯の)目的ですね。

平松 卵に対してオブセッションのようなものがあるのかしら。

伊藤 ありますね。やっぱり女として生きてきて……。女だからね、その「性」というところにつながっているのかなぁと思いますよね。卵を食べるというのは、見たこともない鶏さんの卵を食べているわけですが、でもどこかで、「自分の卵を食べているのかもしれないな」と思わなくもないわけですよね。

<つづく>

伊藤比呂美(いとう ひろみ)
詩人。1978年に第16回現代史手帖賞を受賞してデビュー。99年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2006年『河原荒草』で第36回高見順賞、07年『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』で第15回荻原朔太郎賞、第18回紫式部文学賞を受賞。『良いおっぱい悪いおっぱい 完全版』『読み解き「般若心経」』など著書多数。最新刊『父の、生きる』。

平松洋子(ひらまつ ようこ)
エッセイスト、フード・ジャーナリスト。2006年『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。12年『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞受賞。『サンドウィッチは銀座で』『ステーキを下町で』など著書多数。最新刊『いま教わりたい和食 銀座「馳走 そっ啄」の仕事』。