国境を越えるオタクたち

うまくいかない恋愛と
社会の関係を描く

都甲
 どうして失恋が大好きなんですか? 心が通じない話がたまらなく好きなんでしょうか?
綿矢
 すごくうまくいく恋愛というのももちろん好きですが、文章にした時に「もののあはれ」を感じるのは、うまくいかない方ではないかと。俳句みたいな趣が出ると思うのです。
都甲
 芭蕉も誰かにふられた気持ちを詠っている(笑)。
綿矢
 それとは違いますけど、欠落したすがすがしさをいかに文章にして洗練させていくかというのが私のスタイルなんです。でも、そればかりでは困るので、これからがんばっていきたいです。
ディアス
 僕がうまくいく恋愛の話を書く時は、当事者二人の話が主体になるのですが、うまくいかなくなると社会に原因を求めたり、もっと大きな背景を探ったりする。うまくいかない恋愛と社会の関連について書きたくなってしまうのですね。僕自身はポストモダン的な思想だけれど、育った環境はとても保守的で、うちの母親は女性は二十一歳までに、男性は二十六歳までに結婚するものだと信じている。日本で女性の年齢をクリスマスケーキに例える話みたいだよね。今、僕は四十四歳で独身だから、実家に帰るたびに母親に怒られているよ。そうすると、自分が恋愛話を書いても、ちょっと違うものになってきてしまう。アメリカの読者は文化背景に注意を払わないで読んでしまいがちだけど、その影響は大きいのだろうね。
綿矢
 ジュノさんの作品に出てくるお母さんは怖いですよね。典型的なドミニカのお母さんなのでしょうか?
ディアス
 僕の母親はとても怖いです。あなたのご両親はとてもよさそうな方だけど。
綿矢
 優しいです。日本だからかうちがそうなのか、まだ結婚しなくてもいいって言ってくれますし。
ディアス
 いいご両親だなあ。僕はいつまでも結婚しないからって、母からゲイの息子って呼ばれているんだよ。
綿矢りさ

1984年京都生まれ/高校時代に書いた『インストール』で作家デビュー。『蹴りたい背中』で史上最年少で芥川賞を受賞。『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞。最新刊は『憤死』。

ジュノ・ディアス

1968年ドミニカ生まれの米国育ち/マサチューセッツ工科大学で教鞭をとりながら執筆を続ける。デビュー作の短篇集『ハイウェイとゴミ溜め』で注目を集め、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』がベストセラーに。2012年に第二短篇集『こうしてお前はフラれる』を刊行(日本語の翻訳は今年刊行予定)。

都甲幸治

1969年福岡生まれ/早稲田大学大学文学学術院教授。ブコウスキーやフィッツジェラルドなどの翻訳を手がける。海外文学の紹介者としても活躍。著書に文学の今を伝える『21世紀の世界文学30冊を読む』。