旅する病

最近の旅

フリーマン
 角田さんは最近の旅で畏怖の念を感じた場所はありましたか。
角田
 つい先週までサラエボに行っていたのですが、何の知識も無く、内戦のこともよく知らずに、行く前に勉強して、九二年から九五年まで町ごと包囲されて砲弾を受けて、町の人がどこにも行けなかったと出発直前に知ったんです。行くと、町はもうほぼ立ち直って、新しい建物がどんどんできていた。写真で見たボロボロのホリデーインは新しくなっていて、町は完全に再生している状況なんですけど、まだまだ銃撃を受けた建物が数多く残っているんですね。時間が経って、立ち直りつつあるけれども、まだそこにある。この目で大きな傷、喪失というのが見られるというのが私にとっては印象深かったし、街を歩いていて奇妙な感じがしました。勉強してもその国に行っても、私はその国に何が起きたのか、感覚的には分からなかったんですけど、その分からない感じが町を覆っていた。分からないということに関して畏怖の念を感じました。
フリーマン
 ピコが畏怖の念を感じた旅先は?
アイヤー
 私が突発的に何度も行くのはエルサレムとオーストラリアのアウトバックです。なんといってもカリスマがあります。エルサレムは美しくもなければ、心地よくもないし元気もないけれど、人を魅了する催眠力のようなものを持っていて、それがとても面白いんです。ただ道を歩いているだけで突然、ちょっとずれている男性がホームレスの男性に向かってこの世の終わりについて叫んでいる。とても明瞭に叫ぶものですから、つい聞き入ってしまう。私はそんなエルサレムの虜です。
06_2
私は旅行するとますます日本的なものに縛られていくというか。
旅行する度に「何でみんなこんなに違うんだろう」と思う(角田)
 
アニー・ディラードの『ティンカー・クリークのほとりで』には
旅行記にあるべきすべての洞察力が見られます。(ダイヤー)
 
私は元来、イギリス文化から常に抜け出したいと思っている旅人なんです(アイヤー)

角田光代

1967年横浜市生まれ/『対岸の彼女』『八日目の蝉』など著書多数。海外旅行の経験が豊富で、『いつも旅のなか』はロシアやキューバ、マレーシアなど世界各地を歩いた日々を綴った紀行エッセイ集。


ピコ・アイヤー

1957年英オックスフォード生まれ/7歳でカリフォルニアに移住し、現在は西日本在住/ノンフィクション作家。世界各地を旅しながら、百五十以上の雑誌に執筆。旅、グローバリズム、文学などを題材に執筆を続ける。


ジェフ・ダイヤー

1958年英国南西部チェルトナム生まれ/作家、批評家として先鋭的な小説やノンフィクションを発表。初の邦訳作品は『バット・ビューティフル』(村上春樹訳)。著書にD・H・ローレンスの生涯を描いた『Out of Sheer Rage』など。