新訳 伊藤比呂美『イソップ物語』

『イソップ物語』は、イエズス会の宣教師がもたらした初めての西欧海外文学の翻訳だが、江戸時代には草紙として、明治には文明開花の象徴として新訳が登場し、さまざまな時代を経て老若男女に親しまれた物語の一つ。
そしてまたここに、義太夫ばりの音読みの伊藤比呂美の訳が実現した。
この謎に満ちたギリシャの寓話は、日本語に翻訳されて繭から異なる感懐を音楽のように溶け込ませ、天草から日本を旅していった。
絵=黒田征太郎

犬が肉をふくんだこと。

ある犬が、肉をくわえて川を渡っておると、
川の真ん中で肉の影が水底に映るのを見た。
それがなんと自分のくわえたのより大きい肉だ。
影とは知らずに、くわえたのを捨てて水の底へ頭をつっこんでみたが、
本体が無いからたちまち消え失せ、
犬は、両方とも取りっぱぐれて、がっかりした。

下心。
欲に引かれ、不確かなことに頼みをかけて、
自分の手に持った物を取り外すなということぢゃ。