秋田、受け継がれる味覚

醤油はハレの日の
調味料だった

家庭の味である味噌に対し、かつて醤油は高級品だったという。
「秋田において醤油は主に町場の富裕層に使われ、農山村の場合、戦前までは盆正月あるいは冠婚葬祭などの特別な場合でのみ醤油を使っていたようです。醤油は『ハレの日』の調味料という意味合いを持っていたんです」と安藤さん。「秋田の代表的な郷土料理であるきりたんぽ鍋も、もともとは味噌もしくは味噌のたまりを使っていたのではないでしょうか。醤油を使うようになったのは、客人をおもてなしする意味合いがあったからだと思うんです」
今でこそきりたんぽ鍋には、おいしい醤油が欠かせない。コクと旨味が豊富な比内地鶏の脂、旬のキノコや牛蒡などの風味が凝縮されたそのスープにまとまりをもたらすのが、醤油の役割だ。おもてなしの意味を持っていたとは意外だったが、納得がいく。そうとは知らずに今でも秋田の人たちは、きりたんぽ鍋をおもてなしのシーンに振る舞っているのだから。
今、秋田は人口減少が著しく、少子高齢化が問題となっている。人口が少ないから自ずと所得も少なくなる。「それでも秋田の人たちって食に対して貪欲なんですよ」と安藤さんは誇らしげに微笑む。
「私たちは創業以来秋田に、角館に在り続け、地元の方々の舌を信じて来ました。秋田の人は本当においしいものを知っている。彼らに受け入れられる味を作るためには、天然醸造にこだわらなければならないし、安藤醸造らしさをもたらすこの蔵に住む酵母を大切にしなくてはならない。手間ひま掛かっても、それぞれの熟成具合を見極めて、最適な手を入れなくてはならない。地元の人たちに『故郷の味』として受け入れていただくために、どれも削れないこだわりなんです。すべて先人たちの時代から苦労を重ね、追求してきたものであり、地元の方々に支えられてきた味なんです」
桧木内川にかかる橋を渡る学校帰りの子どもたちを見かけた。雪玉を手に、笑顔で戯れている。彼らの舌にも間違いなく、秋田の味は刻まれているのだろう。どんなに離れても、どんなに疎遠になっても、彼らの「おかえりの味」はここに在り続ける。

安藤醸造本店入り口には「常陸傳 生醤油」と彫られた木の看板が今も掲げられている。