North Shore Stories 片岡義男【ノースショア・ストーリーズ】

郵便局まで
乗せてってくれないか

 幅の広いスロープを下りきると、舗装されていないスペースの広がりがあった。いっぽうにはグローサリーがあり、もういっぽうは食堂の建物だった。だからそのスロープの下のスペースは、広場のように見えた。
自動車が四台、あちこちに停めてあった。僕がポンティアックGTOを停めると、停まっている自動車は五台となった。GTOを出た僕は食堂へ歩いた。朝食をここで食べた。遅い昼食もここで、と僕は思った。
建物の外のテラスにはテーブルがいくつかあった。いちばん端のテーブルには、朝食のときには店のなかにいた、三十代なかばのコーケジアン男性が、一人で椅子にすわっていた。朝食のときとおなじように、小型のラジオがオンになっていて、彼はスパイラルのノートブックにボールペンで、しきりになにごとかを書き込んでいた。そのとき彼のラジオから聞こえていたのは、ホノルルの信託銀行のコマーシャル・メッセージだった。
少し離れたテーブルで椅子にすわった僕に、
「ラジオは気になるかい」
と、彼はいきなり言った。そのときテラス席には彼のほかには僕しかいなかったから、彼は僕にそう言ったのだ。
「気にならないどころか、盗み聴きしたいほどだよ」
と、僕は答えた。
両腕を広げて肩をすくめた彼は、
「ヘルプ・ユアセルフ」
と言った。
しばらくして食堂に入った僕は昼食を注文し、出来た料理のすべてをコーヒーとともにトレイに載せ、外へ出た。テラスのテーブルへ持っていき、きわめて気ままな昼食を僕は食べ始めた。
ゆっくりと食べ終え、食器をトレイに載せて食堂に入り、返却した。そして外へ出た。おそらくそのタイミングを計っていたのだろう、彼のラジオはオフになっていて、ノートブックは閉じられていた。
「郵便局まで乗せてってくれないか」
と、彼は言った。
「さっそくいこう」
テラスの階段に向けて僕は歩き、彼はラジオとノートブックを手に持って椅子を立った。
ポンティアックがスロープを上がりきってから、
「自分は詩を書いてるんだ」
と、彼は言った。
「きみが盗み聴きしたラジオのコマーシャルの文句をノートブックに書き取り、選んで整理して一行ずつならべかえていくと、笑うほかないような詩が出来るんだ。今夜の朗読会では、作ったばかりの新作を発表する。大笑いになるよ」
郵便局の前に僕がGTOを停めると、彼はノートブックからチラシを一枚、大事そうに抜き出して僕に差し出した。
「都合がついたら、朗読会に来てくれないか。きみのユーモアのセンスには期待してるから」