ノースショアに住む
自然観察者たち その1

Gerry Lopez
ジェリー・ロペス
【大きなマンゴの木の下で】

【travelers】Atsuko Imaizumi Solo Exhibition

文/新井敏記
text by Arai Toshinori
photography by Don King, Eiichi Imai



ジェリー・ロペスは1947年11月7日、「ホノルル・アドバタイジング」という新聞社の記者だったジェラルド・ビクター・ロペスとニューバリー高校の先生フミコイタクラ・ロペスの長男として生まれた。母は日系3世でフミコという愛称でみなからは呼ばれていた。ジェリーに母の思い出を尋ねると「マンゴの木」と言う。
「母はマンゴが大好きだった。祖母の家にはたくさんのマンゴの木があって木登りが得意だった。本当にサルのようにするすると上って、マンゴをもぎっては、うまくキャッチするのよと言って落としてくれた。運動神経も顔も背格好も、私は母親似だねとみなに小さい頃から言われていた。父よりもずっと母と一緒にいることが多かったな。私が生まれた後、ニューバリーの分譲地に家を買うと母はまず庭に一本のマンゴの木を植えた。家の裏には小川が流れていて、弟たちとそこから板でパドルアウトして海まで出ていく。最初にサーフィンにのめり込んだのは弟で、私は野球の方が好きだった。でも本を読むことと書くことは父から受け継いだ気がする」
プナホ高校に入ると、ジェリーは父の書いた新聞記事の感想をよく求められた。記事の作り方、書き方、書くための大切なポイントを教えてもらい、時には新聞のサーフィンコラムを書かせてもくれたという。書くために一番大切なものは何か、ジェリーに訊いた。
「出来事を正確に伝えるということ、怖いもの、面白いもの、危険なことでも正確に伝える。今でも私はものを書く時、新聞コラムで学んだスタイルを応用している。書こうと思ったのは高校時代、その頃のハワイは本当に面白いところで、題材はいつも近所にあった」
ジェリーはサーフィンとライフスタイルについて綴った本『SURF IS WHERE YOU FIND IT』の中で、単にサーフィンというスポーツだけでなく生活を描くことで、ハワイに住むことの意味を静かに伝えている。
1968年まで、ジェリーはノースの波の形状と重なるような大きな屋根のパイプラインの家をベースに、サーフィンを中心にした生活を営んでいた。サーファーはもとより、ハワイに住む何人ものローカルヒーローの姿を書いていった。たとえばパイプラインで乗った、人生で一番長い一本のドロップの話。
『・・・鏡のように磨き上げられて滑らかなフェイスを飛ぶような勢いで走って行けば行くほど、確実にスピードは増していつまでもドロップは続いた。私はただただまっすぐ滑り降りた・・・』