再訪 野坂昭如 第4回「寂聴の訪問」

Essay vol.08

再訪 野坂昭如 第4回「寂聴の訪問」


 応接間では野坂は椅子に座していた。アールデコを模したインテリアには様々な絵のコレクションが立てかけられ、色とりどりの彫刻や像の置物に囲まれている。窓から指す日差しが野坂の手を白褐色に浮かび上げる。まるで色彩豊かな宝石箱のような世界だ。

 午後1時、瀬戸内寂聴を迎えた。
 野坂昭如への見舞いを願っていたのが瀬戸内寂聴だった。御歳90歳、卒寿を迎え、彼女は京都から日帰りの強行軍だった。着くそうそう、野坂の状態もあって荒木は野坂と寂聴、二人の肖像写真の撮影を願った。桜の樹の下で、まるで黄泉への誘いのように二人は静かにいた。
「神と仏」
 荒木は二人に言葉をかけた。写真の神と文学の仏の再会の時。

「荒木好き、嫌い」
 口元に寂聴は慣れた笑顔を浮かべて呟く。形相を全く崩さない野坂に寄り添う姿は妙に可憐だった。
「奇跡ですね、歩けることが」
 荒木が感心しながら、寂聴の昨年の状態を思い浮かべた。昨年の11月、寂聴は脊椎管狭窄症という病にかかり脊椎圧迫骨折で足が萎えて歩けなくなり、ベッドに寝たきりの生活を余儀なくされた。

「チロちゃんが死んでもうどうでもいいと思っていたんです。でも身近な人が死ぬと変ですが、元気出るんです」
 挨拶代わりか、荒木が寂聴を元気づけるために軽口を言う。
「痛くて痛くて、半年ずっと寝ていたの。今は不死身。本当に自分でも信じられない」

 寂聴は立ち上がっても歩行器にすがらなくては自由に動けない身体だったことを野坂に伝え、脳梗塞後の杖や介護を擁しても歩ける野坂を讃えた。
「正直私は死ぬことを意識した。死を意識することは生きることを考えることだった。今元気になって会いたい人に会おう、それが野坂昭如さんだった。本当に久しぶりです」

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