再訪 野坂昭如 第9回「風狂への憧れ」

Essay vol.13

再訪 野坂昭如 第9回「風狂への憧れ」


 小説家は果たしてどのように生きるのか、寂庵には榊莫山による「風狂」と書かれた書が客間に飾ってある。"風狂"とは、風雅に徹し他を顧みないことと解するのだろうか。今二人にとって風雅とは文学を意味するのか、そのように生きる人生とは何か、寂聴に訊ねると、野坂を指差した。
「風の狂い」寂聴は続ける。「破壊、まともな人は小説家にはいない」
「優しいは小説家には褒め言葉ではないのですか?」僕が寂聴に訊ねた。
「でも私の唯一の取り柄は優しい。でも本当は優しくない。優しい女が子どもを捨てて家を出たりしない。惚れた男には優しい。尽すというのではない、自然とそうなる。だから男が全部駄目になる。風疾あるいは瘋疾。死ぬのは恐くない。死ぬ人が多いから"寂聴極楽ツアー"を企画する。三途の川を大型フェリーで渡る。彼岸にはたくさんの知り合いが待っている。遅かったねと声をかけられる。その晩は歓迎パーティ」
 寂聴に死んだら「天国」か「地獄」か、どちらがいいかと訊ねた。彼女は「地獄だ」と答えた。
「毎日退屈しないですむ」と笑った。野坂に同じ質問をした。
 野坂もまた「地獄」と答えた。
「生まれ変わったらまた小説を書いていますか?」
 さらに野坂に訊ねた。
「書かない」野坂が言った。
「どうして」寂聴が畳み掛けるように訊ねた。
「飽きた?」
「飽きたって」荒木が笑った。
「暘子さんとまた結婚する?」
 寂聴がさらに訊ねる。
「うん」と、野坂が頷くように答えた。
「聞いた?」
 寂聴が荒木に黒田にそして夫人に声をかけた。
「生まれ変わるなら何になりたいですか?」
 僕が野坂昭如に問うた。
「わからない」野坂が答えた。
「わからないよね」寂聴が相槌を打つ。
「瀬戸内さんは?」
「やっぱり女かな、男は損」そしてこう続けた。「こんな優しくて面白い人は他にいない」
「面白いというととてつもなく面白いと思います。女房としてやると辛いかな」夫人が答えた。
「面白い男は少ないよ。面白いのが魅力的」

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